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解説記事


私たち家族は、東京から09年9月に平林に縁あって引っ越してきました。私と夫と小学3年生の息子の3人家族で、築60年のお家を借りて最近、勇気を出して藍染や草木染の染物屋を始めました。自給自足的な生活がしたかったのですが、田んぼや畑はまったくド素人で周りの人々に指導して頂き今年の春からスタートしました。 
生活スタイルは、暖は薪ストーブでとり、お風呂は薪風呂で、お料理はかまどを使い、火のある生活、昔ながらの生活、農を中心とした生活そして環境に負荷を与えない暮らし方を始めました。
 息子には、まず、マッチの使い方から初めて、木のくべ方、火のつけ方それにお料理を教えたり、畑や田んぼのお手伝いをしてもらったり「生きる力」を身につけてもらっています。
 薪ストーブはすっかりマスターして、今では毎日息子がつけてくれます。田んぼや畑も手伝ってくれ、家族みんなで泥んこになってやったり薪割りは楽しいと言って、夢中になってやってくれます。
 平林に引っ越してきて、息子がこんなに成長するとは東京にいた頃には想像もつきませんでした。
そもそも、引っ越してきた理由は、子育てをするなら絶対自然がいっぱいあるところの方が良いだろうし、畑や田んぼをしながら本当の意味で「生きる」ことを家族で学び、生活したかったからです。
田舎暮らしが夢で、自給自足的な暮らしがしたかった私たちは自然農を通じて知り合った、地元富士川町の知人に平林を案内してもらいました。
富士山があり、綺麗な山の湧き水が飲め、広い空に、心温かい人々、標高は800mそして樹齢1200年を越える大杉のある氷室神社の存在・・

平林は、とても素敵な里山で、理想的な場所でした。それに、何といっても、息子が通うことになる、増穂西小学校がとても気に入りました。木造校舎のとても良い雰囲気の学校で、全校生徒が少ない分、子ども達は今どき珍しく縦割りで遊び、上の子が下の子の面倒を見て、まるで一つの家族のようで兄弟のように仲良く遊ぶ姿を見て、自分の息子も、ここへ通わせたいなと思ったのです。
転校して息子はすぐに学校へ溶け込み、毎日、学校が楽しいと言って鼻歌をルンルン歌いながら帰ってくるようになりました。親の私が見ても「こんなに息子はひょうきん者だったのか〜!」と新発見する程自分を開放しのびのびとしてきて、純粋な「子どもらしさ」を取り戻したように思います。
 
また、増穂西小学校では、田んぼをやっていて、一年を通じてお田植えから稲刈りまで子ども達の手で作業し、命を植えて、命を育み、最後はその命を、自分たちが頂くことによって自分の命が生かされている、という循環を、子ども達は学んでいます。そして先日は学校で、ヨモギを子ども達の手で摘んできて、ヨモギ団子を作りました。料理が好きな息子は翌日、自分の田んぼに生えてるヨモギを摘んで私達に学校で習いたてのヨモギ団子を作ってくれました。 
毎年ある三世代交流会(おじいちゃん、おばあちゃんから昔ながらの遊びを教わりながら一緒に遊ぶ会)では、おばあちゃん達からほうとうの作り方を教わり麺をこねて伸ばし均一に切っていく作業はすっかり得意になりました。 
この増穂西小学校では、「生きる力」を子ども達が自然に学べる環境があります。それに、先生方のきめ細やかな指導や温かな教育があるのも安心です。 
息子が自然の中で、毎日すくすく、そしてのびのびと成長していく姿を見て思うことは小学校という6年間もあるこの長い時期を、どういう環境で過ごしていくかはとても重要なことなのかなと思います。少なくとも、息子は、東京にいた頃よりのびのびとおおらかに子どもらしく純粋な心で育っています。 
東京では触れなかったカエルを、今では何十匹も捕まえて、ビンに詰めて遊んでいたりすごい恥ずかしがりやのはずの息子が、パンツ一丁になって友達と田んぼのあぜの水の中に足や手を突っ込んで全身びしょぬれになって喜んでいたり、開放してのびのびと楽しく遊ぶ姿を見ていると

ここに引っ越してきて、この増穂西小学校に通うことが出来て、本当に幸せだなぁ・・と思うのです。
田んぼがあり、山があり、富士山があり、綺麗な空気と、冷たく美味しい水、木造校舎と、暖かく見守ってくれる先生方と、心優しい地元のおじいちゃんやおばあちゃん達そして、仲良く、元気よく、縦割りで遊ぶ子どもたち・・
 
古き良き日本の風景が、増穂西小学校には溢れています。

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